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山口地方裁判所宇部支部 平成7年(ワ)158号 判決

原告

甲野一郎

甲野月子

甲野雪子

甲野次郎

右四名法定代理人兼原告

甲野花子

右五名訴訟代理人弁護士

田川章次

臼井俊紀

被告

有限会社パリス観光

右代表者代表取締役

乙山次郎

右訴訟代理人弁護士

坂元洋太郎

主文

一  被告は、原告甲野花子に対し金三五四一万一六〇四円及びこれに対する平成八年一月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し各金八八五万二九〇一円及び右各金員に対する平成八年一月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

一  原告らの請求

被告は、原告甲野花子に対し金四〇〇〇万円、その余の原告らに対し各金一〇〇〇万円及び右各金員に対する平成五年三月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  事案の概要

1  争いのない事実

(一)  被告は、パチンコ店の経営等を目的とする有限会社である。

(二)  原告甲野花子(以下「原告花子」という)は、被告の延岡店及び日向店の部長として右両店の営業全般に従事していた訴外亡甲野太郎(以下「太郎」という)の妻であり、その余の原告らは、太郎と原告花子との間の子である。

(三)  太郎は、平成五年一月二日宮崎県高鍋市において死亡した。太郎の相続人は原告らであり、その相続分は、原告花子が二分の一、その余の原告らが各八分の一である。

(四)  被告は、昭和六三年六月一日、訴外明治生命保険相互会社(以下「明治生命」という)との間で、太郎を被保険者として、次の(1)の契約内容で定期保険特約付終身保険契約(商品名「ダイヤモンド保険グッドライフ」)を締結し(以下「本件(1)契約」という)、次いで平成三年六月一日、右契約を次の(2)の契約内容の定期保険特約付終身保険契約(商品名「ダイヤモンド保険スーパーライフ」)に転換した(以下「本件(2)契約」という)。

(1) 終身保険金額 金二五〇万円

定期保険金額 金四七五〇万円

月掛保険料 金三万〇二二〇円

死亡保険金受取人 被告

入院保障特約、手術保障特約等あり

(2) 終身保険金額 金四〇〇万円

定期保険金額 金七六〇〇万円

月掛保険料 金三万八八八一円(ただし、内金五三九〇円は転換前契約から振替え)

死亡保険金受取人 被告

入院保障特約、手術保障特約等あり

(五)  被告は、平成五年二月末日ころ、明治生命から、本件(2)契約に基き(ママ)、太郎の死亡による保険金として金八〇三八万〇九四九円の支払いを受けた(八〇〇〇万円を超える分は、入院給付金等であると推認できる。以下「本件保険金」という)。

(六)  太郎死亡当時、被告会社内では、死亡退職金規程及び弔慰金規程(以下「死亡退職金規程等」という)は作成されていなかった。

2  当事者の主張

(一)  原告ら

(1) 保険金引渡し請求権

被告と太郎は、次のとおり、保険事故が発生して太郎が死亡した場合には、保険金を死亡退職金または弔慰金として太郎の相続人にその相続分にしたがって支払う旨の合意をし、太郎の相続人である原告らは、本件訴訟の提起により受益の意思表示をした。

ア 本件(1)契約締結の際、被告は、「生命保険付保に関する規定」を作成し(以下「本件付保規定」という)、太郎は、これに同意して本件付保規定に捺印した。本件付保規定には、「当社は、将来万が一従業員が死亡したことにより当該従業員に対し死亡退職金または弔慰金を支払う場合に備えて、従業員を被保険者とし、当社を保険金受取人とする生命保険契約を生命保険会社と締結することができる。この生命保険契約に基き(ママ)支払われる保険金の全部またはその相当部分は、死亡退職金または弔慰金の支払いに充当するものとする」との記載があった。これによって、被告と太郎は本件付保規定の文面どおりの合意をしたものであり、右合意は転換後の本件(2)契約についてもその効力を持つ。

イ 仮に本件付保規定が作成されなかったとしても、本件(1)契約、本件(2)契約を締結した際、太郎は被保険者として右各締結に同意したが、その際、被告との間で、保険金を死亡退職金または弔慰金として太郎の相続人にその相続分にしたがって支払う旨の合意をした。

(2) 不当利得返還請求権

仮に、(1)の合意がなかったとすれば、第三者の生命保険契約において、第三者の同意を要件とすることにより、生命保険契約が保険契約者により不労利得の目的で利用されることを防ごうとした法律の精神は没却されることになる。

そうすると、本件(1)契約、(2)契約において、保険金受取人を被告と指定したのは公序良俗に反して無効であり、被告は法律上の原因なく本件保険金を取得し、原告らに損失を及ぼしているものである。

(二)  被告

原告らの主張はいずれも否認ないし争う。被告が太郎との間で原告ら主張の合意をした事実はないし、本件付保規定を作成した事実もない。

なお、本件(1)(2)契約は、太郎が被告会社の宮崎支店等の営業を統括する責任ある地位にあるので、同人の行動によって被告が損失を被るような事態が発生したときに、その損害を填補することを目的として、太郎の同意のもとに締結されたものである。

三  当裁判所の判断

1  証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。

(一)  明治生命では、契約者が法人または個人事業主で、被保険者がその役員または従業員である場合の生命保険を「事業保険」と称し、その場合、被保険者が代表者である場合を除き、契約者と従業員(代表者でない役員も含む)との間で付保規定が作成されていればその写しを添付させ、いない場合は新規に付保規定を作成させてその写しを添付させるか、受取人を従業員またはその家族に限定するとの内規があった。もし、保険外務員が付保規定の写しを徴しないで事業保険の申し込みの一件書類を本社に送付しても、本社では、右申し込みを受け付けない取り扱いとなっていた。なお、明治生命では、新規に付保規定を作成させる場合に備えてその用紙を用意していたが、右用紙には、不動文字で、「法人または個人事業主は、将来従業員が死亡したことにより当該従業員に対し死亡退職金または弔慰金を支払う場合に備えて、従業員を被保険者とし、当社を保険金受取人とする生命保険契約を生命保険会社と締結することができる。この生命保険契約に基き(ママ)支払われる保険金の全部またはその相当部分は、死亡退職金または弔慰金の支払いに充当するものとする」旨の記載があり、法人代表者又は個人事業主が捺印した上、被保険者が同意印を押捺する形式になっていた。

(二)  被告会社の代表者は、乙山次郎(以下「次郎」という)であるが、その事実上のオーナーは、次郎の弟である乙山三郎(以下「三郎」という)である。そして太郎は、次郎の実子であった。被告会社は、宮崎県延岡市、日向市及び島根県出雲市で計三店のパチンコ店を経営していたが、太郎は、「店長」ないし「部長」の肩書で被告の延岡店と日向店の事実上の責任者を務め、右両店の日常の営業等について次郎ないし三郎から包括的に権限を委ねられていた。

(三)  明治生命の日向営業所永江支部の支部長であるM(以下「M」という)は、昭和六三年ころ太郎に対し、太郎を被保険者とする前記事業保険への加入を勧誘した。Mは、太郎をパチンコ店を経営する会社の代表者であると思っていたが、契約の交渉の過程で、従業員にすぎないことを知った。太郎が次郎の了承を得たので、同年六月一日、Mは被告からその手続を委任された太郎との間で本件(1)契約を締結した。なお、被告会社内で、本件(1)契約締結以前に付保規定は作成されていなかった。

その後、Mは、太郎に対し、本件(1)契約を保険金が高額な契約に転換することを勧め、平成三年五月二五日、被告会社からその手続を委任された太郎との間で本件(2)契約を締結した。

(四)  被保険者である太郎の職務内容について、本件(1)契約の申込書には「店長」と、本件(2)契約の申込書には「部長」とそれぞれ記載されており、太郎が契約者である被告の代表者でないことは契約書上明らかであった。本件(2)契約の申込書の「会社用欄」中には、事業保険の場合の社内付保規定の有無等についての記載欄があり、既存の付保規定の写しを添付するか、新規に付保規定を設置しその写しを添付するか、受取人を従業員またはその家族に限定するかの選択肢が設けられているが、右欄にはなんらの記載がなされなかった。また、右契約書の「会社用欄」中の「取扱者の報告書」欄には、「転換の為、成立前確認は省略いたしました」との記載がある。なお、Mは、本件(1)契約、本件(2)契約の各締結時に、付保規定の写しを受け取ったか否かについては具体的な記憶を喪失している。

2  以上の事実によれば、本件(1)契約を締結した際、被告会社では付保規定が作成されていなかったため、本件(1)契約締結の権限を委ねられていた太郎は、明治生命が用意していた用紙を使って新規に本件付保規定を作成し、その写しをMに交付したと推認するのが相当である。けだし、Mは当初は太郎を代表者であると思っていたが、本件(1)契約の締結前に太郎が従業員に過ぎないことを知ったから、内規に定められた付保規程(ママ)の写しの添付を忘れることは考えがたいし、仮にMがこれを失念したとしても、明治生命本社が本件(1)契約の申し込みを受け付けないはずであって、これを本社が受け付けた以上、内規に違反した申し込みであっても本社が受け付けざるを得ないような特段の事情のない限り、その申し込みが内規に違反していなかったと考えざるを得ず、右特段の事情を認めるに足る証拠がないからである。なお、1で認定した事実によれば、本件(2)契約締結の際に、Mは改めて付保規定の写しの交付を受けなかったものと推認せざるを得ないが、これは、本件(2)契約が転換契約であったため、改めて付保規定の写しの交付を受ける必要がなかったものと理解できる。

ところで、当裁判所が明治生命山口支社に対して本件(1)契約及び(2)契約に添付された各付保規定の、同日向営業所に対して本件(1)契約に添付された付保規定の各送付を嘱託したのに対し、いずれも明治生命本社顧客サービス部支払査定課から(前者については山口支社からも)、右各付保規定は所持していない旨の回答があったが、本件保険金の支払請求書に添付されていた死亡診断書、印鑑証明書等が明治生命社内において所在不明になっていること(本件審理の経過により明らかである)も併せ考えると、右各回答内容を考慮しても前記推認を左右するに足りない。

そして右のとおり推認できる事実によれば、太郎と被告との間で、本件付保規定の文面と同趣旨の、保険金の全部又は相当部分を死亡退職金ないし弔慰金として太郎の相続人にその相続分にしたがって支払うとの合意(以下「本件合意」という)が成立したというべきである。なお、1で認定した事実によれば、本件付保規定に被告代表者の記名押印をしたのは太郎であると推認できるところ、本件付保規定を作成するについて太郎が次郎ないし三郎から個別の了承を得ていたか否かについては的確な証拠はない(次郎及び三郎はこれを否定する趣旨の証言をする)。しかしながら、仮に太郎が次郎ないし三郎から右の個別の了承を得ていなかったとしても、前認定のように、太郎は、本件(1)契約締結について被告からその手続を委任されていたのであるから、本件付保規定は、太郎と被告間の合意として効力を有するというべきである。また、(人証略)の供述中には、本件(2)契約締結に先立ち、右締結の了承を電話で求めてきた太郎に対し、三郎が、保険金は被告が受け取り、太郎の遺族には交付しない旨申し渡したとの部分があるが、右供述部分だけから右の申し渡しの事実を認めるのは困難である。

よって、被告は、本件合意に従い、受益の意思表示をした原告らに対し、本件保険金の全部またはその相当部分を原告らの相続分に従って案分した上、死亡退職金または弔慰金として支払う義務があるというべきである。

3  そこで、被告が原告らに対して支払うべき金額について検討する。

(一)  被告会社内では太郎が死亡するまでの間に死亡退職金規程等は作成されなかった。ところで本件合意の趣旨は、被告会社内で死亡退職金規程等が定められれば、保険金は右規定に基い(ママ)て算出される死亡退職金ないし弔慰金に充てるというものであると解せられるが、これらが定められなかった場合に被告が被保険者たる太郎の遺族に支払うべき金額については、一義的には明らかでない。しかしながら、(1)他人の死亡を保険事故とする他人の生命の保険契約には、賭博的に悪用されたり、不労利得の目的のもとに不正に利用される危険があるため、これを防ぐ目的で被保険者の同意を要件とした法律の趣旨(商法六七四条一項)、(2)事業保険の保険料は労働者の福利厚生を目的とするものという前提から、税法上損金に計上できるものとされていること等に鑑みると、本件付保規定は被告が従業員である太郎を被保険者とする生命保険によって利益を得ることは予定していないと解するべきであるから、死亡退職金規程等が定められていない場合の本件合意の趣旨は、被告が受け取った保険金から、被告が支払った保険料総額及び太郎の死亡に伴い被告が太郎の遺族のために支出した金員があればその金額を控除した残金を太郎の遺族に死亡退職金ないし弔慰金として支払うというものであると解するのが相当である。その場合、遺族が受け取るべき金額が死亡退職金ないし弔慰金としては社会一般の水準よりも多額となってもやむを得ないというべきである。

(二)  証拠(〈証拠・人証略〉)によると、被告が原告らに太郎の死亡退職金ないし弔慰金を支払うに際し、保険金から差し引くべき金員として、次のものがあると認められる。

(1) 被告が負担した太郎の葬儀費用金二〇〇万円

(2) 被告が支出した太郎の墓石代金一五〇万円

(3) 被告が原告らの生活費の援助として平成五年二月から同年六月まで一か月金三〇万円ずつ、同年七月から平成六年八月まで一か月金二〇万円ずつ送金した金員合計金四三〇万円

なお、被告は右送金額の合計が金四六〇万円である旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

また原告らは、右金員は、被告からの生活費の援助ではなく、原告花子名義のたばこ小売営業を受託していた被告が右営業による利益を原告花子に送金してきたにすぎない旨主張するところ、なるほど証拠(〈人証略〉)によると、被告は、パチンコ店の景品としてたばこを取り扱うため、大蔵大臣によるたばこ小売販売業の許可を受けなければならなかったが、代表者である次郎に日本国籍がなかったことから、日本国籍を有する太郎名義で右許可を受けてたばこを取り扱っていたこと、太郎が死亡した後、たばこ小売販売業者の地位は花子が承継したこと、以上の事実が認められる。右事実によれば、太郎名義でたばこ販売業の許可を受けたのは便宜上のことであって、たばこ小売のための資本の投下、仕入れ、販売等はすべて被告の計算においてなされていたもので、被告と太郎の間では、その利益も被告に帰属させるとの合意があったものと推認できる。そうすると、太郎の地位を承継した原告花子が、被告に対して、たばこ販売による利益の支払を請求できるものとは解せられないから、右送金は、原告らの生活費の援助であると認めるのが相当である。

(4) 被告が支払った保険料 次の〈1〉と〈2〉の合計金一七五万七七四〇円

〈1〉 本件一契約について支払った保険料 三万〇二二〇円×三六月(昭和六三年六月から平成三年五月まで)=一〇八万七九二〇円

〈2〉 本件二契約について支払った保険料 三万三四九一円×二〇月(平成三年六月から平成五年一月まで)=六六万九八二〇円

以上の外、被告は、太郎の約二〇〇〇万円の負債を被告が第三者弁済した旨主張し、(人証略)、被告代表者本人の各供述中には右主張に沿う部分があるが、被告の主張においても右各供述によっても弁済の相手方、弁済額すら具体的に明らかでないこと、弁済を裏付ける書証が全く提出されていないこと、被告が負債を承継した原告らに対して右弁済についてなんらの報告をしていないこと(〈人証略〉)等に照らすと、前記証拠だけから右第三者弁済の事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

(三)  よって、被告が原告らに引き渡すべき保険金は、被告が受領した金八〇三八万〇九四九円から(二)の(1)ないし(4)の合計金九五五万七七四〇円を差し引いた金七〇八二万三二〇九円となり、これを原告らの相続分にしたがって案分すると、原告花子が金三五四一万一六〇四円、その余の原告らが各金八八五万二九〇一円になる(一円未満切り捨て)。

4  以上のとおりであって、被告に対する原告らの本訴請求は、原告甲野花子について金三五四一万一六〇四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年一月一〇日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による金員を、その余の原告らについて各金八八五万二九〇一円及び右各金員に対する右の平成八年一月一〇日から支払い済みまで右同様の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であり、その余は失当であるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 井戸謙一)

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